被相続人の生前に相続放棄できるのかというご相談をいただくことがあります。

たとえば、父には事業の失敗により背負った多額の借金があるため、父が亡くなったときには絶対に相続放棄する必要がある。父は病気で入院しており余命が長くないことは明らかだと思われる。

上記のような状況で、父が亡くなったときに、子である自分たちに債権者が押し寄せてくるのが不安で仕方ないので、今のうちに相続放棄をしてしまいたいというわけです。

別のパターンとしては、親から子に対して相続放棄をしてしまうように求められる場合もあるでしょう。事業を承継する予定となっている長男のみに相続させるため、他の子には生前贈与をする代わりに今すぐ相続放棄をさせたいというご相談です。

上記いずれの場合であっても、結論からいえば生前の相続放棄は不可能です。

被相続人の死亡前に相続放棄できるのか(目次)
1.相続放棄ができるのはいつなのか
2.相続放棄する旨の念書は有効か
3.遺留分放棄の許可申立

1.相続放棄ができるのはいつなのか

「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続について、単純もしくは限定の承認または放棄をしなければならない」とされています(民法第915条本文)。

相続は死亡によって開始します(民法882条)。相続放棄ができるのは、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内なのですから、相続放棄ができるのは死亡後であることになります。したがって、ご家族(被相続人)の生前に相続放棄をしようとしても、家庭裁判所に受理(受付)してもらうことはできないのです。

また、生前に相続放棄申述書等を家庭裁判所へ提出しておいて、死亡後に手続きを開始してもらうというようなこともできません。どうしても心配であれば、生前から専門家(司法書士、弁護士)に相談しておいて、死亡後すぐに申立ができるよう準備しておくという方法もあるでしょう。

それでも、被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本を取るには少し時間がかかるでしょうから、死亡から相続放棄の申立てができるまでには多少の間は空いてしまうはずです。けれども、死亡後すぐに債権者に対して相続する旨を通知するなどの対応をすれば過度に心配する必要はありません。

2.相続放棄する旨の念書は有効か

上記のとおり、被相続人の死亡前に家庭裁判所へ相続放棄申述をすることはできないとしても、「自分は遺産を相続しない」とか、「相続開始後には相続放棄する」との念書を書いて、他の相続人に渡しておくのは有効でしょうか?

被相続人の死亡前にそのような取り決めなどをして、念書などを作成しておいたとして、相続開始後に相続人がそれに自ら従うのは差し支えないでしょう。しかし、相続開始後なってに気が変わったと言われればそれまでです。

また、生前に遺産分割協議書を作成して推定相続人全員が署名押印しておいたとしても、それに従って相続手続をすることはできません。仮に同じ内容であったとしても、遺産分割協議書は被相続人の死亡後に作成したもので無ければなりません。

3.遺留分放棄の許可申立

ここまで書いてきたとおり、被相続人の死亡前に相続放棄をすることはできませんが、遺留分の放棄をすることは可能です。

相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずるとされています(民法1043条)。

遺留分の放棄を使えば、最初の質問にあった「事業を承継する予定となっている長男のみに相続させるため、他の子には生前贈与をする代わりに今すぐ相続放棄をさせたい」というような希望を叶えることもできます。

この例でいえば、長男以外の子には生前贈与をする代わりに、家庭裁判所に対して「遺留分放棄の許可の申立」をさせます。そして、長男に全財産を相続させるというような内容の遺言書を作成するのです。

こうしておけば、相続が開始した後になって、長男以外の子が遺留分減殺請求をするような事態を防ぐことができます。